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黙々淡々と通院すること10年

この症例は10数年前、某雑誌社の依頼により記述したものです。個人的にはこの症例を契機に不妊症というものを深く考察するようになりました。              

 ●今症例の女性は、多重文脈的生活者に流れつつあった論者を引き戻してくれるに十分な材料を提供してくれた。彼女のこの10年間は、妊娠するために費やされたといって言い過ぎに当たらない。それほど妊娠にかける思いが強い。もちろん現代に生きる以上、様々な顔を持つわけだが、その思いの強さと比べれば付録のようなものだ。あたかも仕事に向かうかのように淡々と不妊外来に通いつめる。不妊患者さん特有の心情の乱れも感じられない。妊娠=生活全部であり、いわば思いが重いのである。自然にこちらも感化され、不妊治療を考え、積み上げ、精しくなって行く。

[初診]平成××年5月、女性、40才、主婦。

[主訴]不妊症

[経過]27才で結婚。31才に妊娠するが13週目で流産。以後人工受精(AIH)を30数回、体外受精を3回行い現在に至る。その間に子宮内膜症軽減の目的に腹腔オペを2回、開腹オペを1回行う。そのほか腹腔鏡検査の際、卵管の通過障害を改善する処置を数度試みる。

●流産したその日、体調のすぐれないご主人に不運なニュースが届く。リンパ系の悪性腫瘍と診断される。その後はインターフェロン投与で奇跡的な回復を見るが…、人生とはままならない。

 患者の言葉の端から推察すると、ご主人は自身の病気を機に「いのち」について深く感じるものがあったようである。それ以後、御夫婦の目標は遺伝子を残すことに大きくシフトして行く。これが妊娠への思いがブレない大きな理由であろう。

 涙が出そうになるも、見せたら臨床家としての立場を失う。第一,人のつらさを計る客観的指標などない。別な言い方なら、些細なことでも本人がつらいなら、我々は共感すべき立場にある。社会的指標を持ち込んではいけない。

[常用薬物]不妊外来では排卵の確保と高温期の安定を妊娠への条件のひとつに数え、相応する排卵誘発剤やホルモン剤を処方する。

 ●今症例もこの例に漏れず、人工受精時には誘発剤を用いている。比較的穏やかな作用といわれるセキソビットでは効果がなく、クロミッドを常用する。来院の前から、通常量のクロミッドでも排卵しないことも多く、倍量の処方に切り替わることも少なくない。それでもダメならHCGを注射する。自然排卵が全くないというわけでもないが、良質な卵子の形成および排卵日の特定という観点から常用すると思われる。まさに短期決戦の観を呈す。

短期決戦の長期化、この構造が不妊患者をして精神疲労に向かわせる主因となる。期待−落胆の繰り返しが続けば体より先に心が壊れる。 

 ●体外受精は胚移植(ET)が主体である。HMG-HCG療法(ゴナドトロピン療法)の後に採卵する。

[月経の状況]12才で初潮。月経日数は5〜7日。経量は2日目に多く、3日目にやや減り、5日目以後は格段に減り、薄いナプキンで事足りる。以前は経量が少なめだったが徐々に増える傾向にある。

月経開始半日〜2日目に血塊が多い。血塊の出ている間は激痛で、重感やチクチク感をともなう腹痛が続く、腰痛のだるさもあり、常時鎮痛剤を使用する。月経周期は28日の前後2日である。

月経直前に沈重感をともなう偏頭痛と右乳房の張りがある。この2症状は月経開始後2日ほど続くこともある。同時に寝汗もかく。ときに顔面紅潮がある。

[基礎体温の傾向性]低温相は月経終了から5〜7日程度ある。低温相から高温相への移行に4〜6日ほどかかる。さすがHCG注射なら一両日で上がる。感心するが恐怖もする。

 自然状態なら高温相は36.7℃を越え維持されことは少ない。黄体ホルモン(ドオルトンなど)の助けを借り何とか維持する。

[随伴症状]近年は夜間尿(1回)、足底痛、やや便通が悪い、腋下や足底に寝汗をかく。頚管粘液は減少傾向にある。

 以前は冷え、とくに下半身の冷感が強く、靴下を履き寝ており、月経中の腹冷も自覚する。

[既往症]子宮内膜症、甲状腺機能低下症、左乳房乳腺症。

[脈舌]舌質淡紅で乾燥、舌下の怒張、脈細弱、左尺脈虚。

[切診]初診日は月経5日目である。右鼠径部及び臍周囲の硬さがみられる。

[分析]まずはわかりやすいものから弁証する。患者は子宮内膜症をもつ。しかもレベル4である。血塊、刺痛を伴う月経痛、月経前半の持続的疼痛、舌下の怒張、月経5日目ですら腹部の硬さみられることなどから胞宮の血オと判断する。

つぎにクロミッドの長期使用が気になる。この1年は年齢リスクを考慮してなのだろうが、ほぼ毎月使用する。しかも倍量使用のときが多い。

●クロミッドは一般に顔面紅潮感、卵巣腫大、下腹痛、吐き気、嘔吐、頻尿、尿量増加、OHSS(卵巣過剰刺激症候群)のほか、3回以上の連続使用で、頸管粘液の減少や子宮内膜の薄化などの弊害をあらわしやすい。

彼女の場合は明確に頚管粘液の減少を自覚する。他に夜間尿、足底痛、便通が悪い、腋下や足底に寝汗をかくなどの症状があり、すべて近年になり出現した症状である。これを論拠に腎陰虚が顕著になってきた様を読み取ることが可能だろう。とくに頚管粘液の減少は、排出されるべき津液の減少と考えれば、2便と同様に陰虚判定の材料としての基準を満たす。胞宮との親和性なら2便より上位に置いてよい。正義ぶって誘発剤の乱用を憤るより、自分の枠内で冷静に処理したほうがよい。孔子様も『心の欲する所に従って、矩を越えず』と仰せになっておられる。

また元々に胞宮気虚があったのではなかろうか。誘発剤使用前は経量が少なく、月経中の腹冷もみられる。胞宮に特定できるわけではないが、足腰の冷えも顕著であり、気虚・陽虚がありそうである。また27才あたりに甲状腺機能低下症になる。甲状腺機能低下は体質を気虚・陽虚に傾け、かつ生殖関わるホルモンの乱れを引き起こすことは経験則として知る。以上を論拠に胞宮気虚を1証立てる。

胞宮の気は胞宮内の活動の一切を仕切る。排卵や月経など、いわば胞宮内の活動時にはとくに必要になる。そこで、元より胞宮気虚があるなら排卵する力に乏しく、いくら誘発剤のような卵胞の成熟を助けるホルモン剤を入れても、排卵力に変化はなく、その結果として誘発剤の量だけが増えるはめになる。成熟卵胞になっても排卵できない、つまり誘発剤が効きにくい体質ができあがる。また月経を考えたなら、経血の排出力が弱いため、胞宮内に血を残存させ、次第に血オを形成する。気虚血オである。

少しばかり事実確証は弱いが、全体像の整合性が極めてよい。

[弁証]腎陰虚 胞宮気虚血オ

[治法]患者は40代に入り、誘発剤を無視できる年齢にない。極力に精・陰を補い続け、腎陰虚の改善をはかる。同時に気虚血オに対処する。低温相〜高温相までは十分に補気を加え、月経中は子宮の瀉性を利用しつつ十分な活血化オを行う。

[配穴]

滋陰―復溜(補)、志室(補):継続的に使用(月経時は除く)

益精―地機(補)、関元(補):継続的に使用(月経時は除く)

活血―血海(瀉)、次(瀉)、合谷(補):月経時使用

補気―子宮(補):継続使用(月経を問わず使用)

[手法]

月経終了〜次回月経の直前までは滋陰、益精、補気を意識する。復溜、志室は小さな筋凝りを見つけ、それを指標に呼吸を合わせ打つ。少しずつ鍼を進め、筋膜近くの凝りで捻鍼に切り替える。地機、関元は軟弱感を指標に鍼が止まるところまでゆっくり進めて行く。子宮穴は反応が読めないツボのひとつであり、コリコリした感じがあっても鍼を進めるとスカスカになることもある。そのあたりで雀啄して、軽く響かせる。排卵前はことのほか注意深く刺す。定位的側面が強く、どんな状態に効かせるか技術次第であるからである。

 月経時は、上記の補気のほか活血主体にする。先にも記したが、この時期は、胞宮が瀉性に傾き、活血が容易になるからである。イメージとして出すべき血をすべて出し切る感じになる。血海は通常の血海よりやや内側よりの圧痛を指標に取る。筋膜の手前あたりで少し大きめに雀啄をし、胞宮に向かい響きかせる。次駹は圧痛あるいは硬結を探し、それを指標に打ち、大きく響かせる。上手くいけば、腹部に響きが拡散してくれる。合谷の補法は胞宮の付近の気(衛気)を増やす作用がある。この気の推動力を借りてさらに経血を押し出すようにする。呼吸の補法を行う。 

[経過]

 1〜3診:ほとんど変化なし。初診日の前日から始まったヒュメゴンの注射では、11日間連続行うも排卵に到らず。配穴を変えることも考慮したが、予想以上に生体レベルが落ちているものと判断して滋陰、益精を強化する。とはいえ配穴を増やしたわけでない。3診目にいつもより集中して呼吸+提挿+捻転の補法を行う。陰・精を意識しながら、かつ衛気を傷らないように心掛け、少しだけ深めに打つ。効かないからと、むやみに配穴を変えると墓穴を掘ることもある。今一度、精度の高い刺針を試みよう。

 4診:3診目の後、足底痛の消失、夜間尿の消失が見られた。腎虚の改善が少しはなされている。帯下の減少も起こる。元々帯下が多いという事実を初めて知る。聞き漏らしは恥ずかしいが、胞宮気虚の改善と読めなくもない。かなり都合の良い解釈ではある。

 5診:治療開始後に初めての月経を迎える。血塊の量は減少する。血オの改善も予定通り。ただし安心はできない。ホルモン剤などは強力で、ひとつでも適正を欠くものが体内に入れば、減少した症状も瞬時に顔を出す。

 気分が良いという。見た目では何の苦もないように見えるが、本人は相当に落ち込んでいたようである。臨床家として甘さに恥じる。

 6、7診:全体に体調が良くなってきた自覚をもつ。夜間尿もなくなる。

 8〜13診:この間に内膜症の腹腔オペを受ける。レベル4―レベル2になる。依然として夜間尿のない状態が続く。オペの効果を素直に喜び、不妊外来へ通い続ける動機づけをつくる。オペへの緊張やご主人への心配があり、珍しく肝鬱頭痛があらわれる。同時に舌下の怒張が少し大きくなる。肝気鬱が直接に胞宮血オを強めたものと考える。この場合、ご主人に何かしてあげられることが一番の疏肝理気になる。ご主人の症状を聞き千年灸を自宅で据えてあげるよう指示する。

 配穴は太衝、風池を加味し、血海を胞宮に向かい十分響かせるよう心掛ける。この間の人工受精は徒労に終わる。

 14〜45診:ほぼ安定した状態が継続する。ときおり夜間尿はあるが水分摂取量の調節で消失する程度で収まっている。

 指標となるホルモン値改も善されてきている。この間、4度目の体外受精にトライする。胞宮の補気を強化するため神闕の塩灸を数回試みる。神闕の塩灸で強力な陽気を作り、それを子宮穴で胞宮に流し込むつもりで行った。ホルモン状態が良いので前回のように注射でなく、内服薬だけで採卵まで進めることになる。内服薬はカルテ記載漏れでわからないがホルモン剤であろう。初めて着床までこぎ着けたが、今回も残念な結果になる。人工受精も4度失敗する。5回だったかも知れない。

 46〜50診:その後は膠着状態に入る。検査結果から卵管の詰まりが消失する。一度だけ感冒をきっかけに刺痛をともなう月経痛があらわれる。合谷を外し外関の瀉法を加え何とかしのぐ。時期も悪く人工受精はまたも失敗する。この段階では、以前ほど血オに集中する必要がなくなり、月経時に行わなかった滋陰、益精を常に行うようになる。

 51〜74診:中医的には、かなり症状の改善は見られているが、妊娠にまで辿りつかない。こちらも本人もそのことを十分に自覚している。年齢も41才の半ばにさしかかる。焦りは余計なことを考える。カルテを眺めると肝血虚をいじったり、健脾したりとつまらないことに手を出す。戦略の練らない奇策は失敗する。

 患者が自ら病院を変えると告げる。唐突の感はあったが、少し前から考えていたらしい。こちらがどうこう言う筋ではないので、聞き役に徹す。新しい病院での一度目の人工受精で無事妊娠する。自分の心が助かった。

[最後に]この症例の成否はわからない。こちらの治療レベルがもっとまともであったら、早く妊娠に辿りつけたかも知れない。あるいは患者が最初から妊娠した病院に行っていれば、当院に来る必要はなかったかも知れない。神のみぞ知る答えであろう。

 ただ後悔もある。冬の一時期を除けば、最後まで寝汗が取れなかった。誘発剤に抗しきれなかったと考えると、まだやるべきことがあったと内省する。見た目以上に心労があり、心陰虚があったかと考えると、読めなかった自分が情けない。

 最初は患者の知識について行けない面もあったが、徐々に知識をつけ、精度を上げることができた。携帯族になっても本は読みたい。考える時間と問題意識を失うならば、そのしっぺ返しは確実に治療家の力量に反映してくる。

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