ゴッドハンドは大嫌い

 

2020/12
よく机上の空論という。

実際とかけ離れ過ぎた意見を指すと思われる。逆にさほど離れていないものを机上の論(空の字が消えるexclamation)というのだろう。

机上の論の代表は実験であろう。
高度に計算された中でのシュミレ―ション。昨今なら原発のストレステストがそうである。これからなら自動車の自動運転がそう。

これには人が作ったものは人が管理できるという幻影がどこかしらある。
たしかに飛行機が今の性能まで辿りついたのはシュミレ―ションを繰り返したお陰であろう。
当然安全宣言をしたから実際に飛んでいるのだと思う。だとしたら、実際には堕ちないのか?
まれに堕ちる。聞きたくないかも知れないが、堕ちることを繰り返しながら、精度を上げゆく。
同じことを原発も実際の中では事故を繰り返しながら精度を上げゆくことになるだろう。

自然は人知の及ばないところ。しかも原発事故は被害が余りにも大きく繰り返すことが許されない。

そうこう考えると、実験で出せるのは安全宣言でなく《安全の可能性が高まった宣言》までである。


完全なる安全宣言を出す、という意識なら、それは《自然は人知の及ぶところである》と同義となる。これは神の領域で人では無理だ。

人は他者に被害を及ぼすであろう危険性について、恐れと配慮をもって対処しなければばらない。
これは医療者に通ずる心根でもある。自分がうまい(治療が)exclamation×2と思った瞬間から恐れと配慮を置き去りにする。
だから僕は「ゴッドハンド」という言葉が大嫌いなのだ(〃艸〃)ムフッ
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※新着時期を過ぎると左サイドバー《院長の呟き》に収められています。