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室町時代〜安土桃山時代に活躍した医師で、当時の中国医学を日本に導入し根付かせた功労者の一人であり日本医学中興の祖と言われている。金・元時代に主流をなした李朱医学を、師の田代三喜が明から持ち帰り日本に取り入れたものである。李朱とは李東垣(りとうえん)、朱丹溪(しゅたんけい)らが主張した補養(ほよう、不足を補う)を中心とし病を治す方法である。また田代三喜から学んだ察病弁治(さつびょうべんち)を取り入れていた。これは患者を詳しく診断して病状(証)を明らかにした上で治療を行う。また患者の症状に応じて処方内容も適宜変えていくのが察病弁治である。続く
現代中医の弁証諭治に似ている部分があるなと感じたけど、金元医学も現代中医の基盤になっていることを忘れてました(>_<)
あっ!どうも金澤です。
お正月休みに本を読んでいたので備忘録として書いています。
順番が違いましたね。少しずつ書かせてください。