銃撃戦の傷跡

 ボスニア・ヘルツゴビナ モスタル

89年ベルリンの壁崩壊は、東欧諸国の民族運動に火をつける。

ある意味でその最大の被害国はボスニア・ヘルツゴビナであり、最大に激戦地がここモスタルである。

この街は、旧ユーゴスラビアの中でもイスラム色が強い街であり、オスマントルコの影響が色濃く残る。民族的には南スラフ系であるが、国内では他宗派も少なくなく、宗教の違いから紛争が絶えない土地でもある。

90年代の独立運動は内戦に発展し、イスラム、カトリック、正教が入り乱れ、 最終的にはNATO軍の介許してしまう。現在も建物の壁には銃弾の後が生々しい残る。 

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ここには世界的有名なアーチ型の石橋がある。互いの交流を促す橋として、民族の橋という別名があるくらいである。

またその橋の上から川に飛び込めないと、一人前の男と見なされない、という風習があるらしい。ということは私のように高所恐怖症は一人前の男でないということかもうやだ〜(悲しい顔)

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