魯迅を生んだ文化都市

 中国.紹興

 今回の旅で、中国で庶民をやるには体力がいるということを再認識することになる。

 紹興までは日本からの直行便がない。まず杭州に行き、杭州から紹興行きのバスに乗る。

 まずは切符を買うために並ぶことになる。ただし皆がきちんと並んでくれるわけではない。並ぶ人の横から手が2,3本は出てくる(困惑)。そこで、いちいち割り込みの人に「後に行け」(我是前頭、請后辺排列)と怒らなければならない。こういう苦労が、歳を取ると非常におっくうなのだ。
0612-2.jpg 1時間半バスほどで紹興に着く。三輪車の勧誘を振り切り、向かったのは魯迅の生家。

 魯迅は知っての通り中国近代文学の父です。口語調作品による微妙な感情表現は日本のファンも引きつけてやまない。仙台に留学経験があり、神田の内山書店とも関係があるようです。 個人的な話ですが、内山書店に入るとき何故か緊張してしまうのは、この辺の事情による。
 反戦的思想家のため、共産党から資本家の汚名を着せられずに済む。それで生家は保存され、今は観光地と化した次第である。

 この生家は、典型的な中国南方のお金持ちの家です。間口はそう広く感じませんが、奥行きがどんでもなく広く、悠に10メートルはありそうな高い塀で囲まれている。柱、戸口、机から家具に至るまで、かなり凝った飾り彫りが施されている。また家の子供専用の教室いすがあり、当然高名な家庭教師を雇う。時代が時代なら魯迅もきっと科挙試験を目指したことは想像に難くない。
 変な言い方だが、中国的アメリカンドリームを目指す方法の代表的な仕組みは、商売で成功する−政商にのし上がる−その財力を子供に投資し、学問を身につけさせる−科挙に合格する−貴族化するというものだ。
3代はかかる。あくまで、家という単位で考えていることがわかります。この国のキーワードは家。さすがは国家百年の計の国で、スパンが長い。

 杭州は西湖という湖があり、非常に風靡な街である。 この街は2度めだが、最初のときの豚の角煮の味が忘れられない。夕方の湖畔の散歩は、息づかいが荒くなる都会生活を忘れさせてくれる。