プロレス

  ちょっとマニアックな話です。
中2の時から現在まで毎週欠かさず購読していた『週間ファイト』が遂に廃刊となりました。愛読者としては寂しい限りです。家人は大喜びです(笑)。
 『週間ファイト』には、プロレスを考えるためのエッセンスがふんだんに盛り込まれていました。馬場・猪木対立時代には、読者の様々な意見を取り上げてくれました(国際プロレス派もありました)。
 また、八百長と蔑すまされたプロレスに思想という光を当てたのも当時の井上編集長の功績です。レスラーの強さ、悲哀、人生観などを表現したひとつのスタイルがプロレスであると…。
 最近は『K1』『プライド』 などリアル格闘技の全盛期とされています。これはこれで面白いのは事実です。しかし、それがプロレスを否定することに繋がる風潮はいかがなものでしょうか。
 【軸がひとつ?】
 ものの善悪などを考えるとき必ず基準がありますよね。つまり、何かの視点から判断するわけです。その視点がひとつしかないと、非常に分かり易いわけです。プロテスタント原理主義から見ればアメリカが正義でイラクが悪です。イスラム原理主義なら逆ですね。リアル格闘技から見れば、プロレスなんか馬鹿に見えるでしょうね。その馬鹿に見えるーそこを楽しむ視点があれば、面白いですよ。
プロレスは…。
 様々な主義主張があり、それを聞く余裕ある。そこにある相手の正義も認めましょう。そして自分の中で折り合いをつけていければどうでしょうか? 日本には七福神っていますよね。実はそういう意味なんです。解は一にあらず・・・。
  

スピ−ドガン

 スピードガンは言わずと知れた投手の球速を測る機械です。
「おっと、藤川出ました、155キロ」という風な感じで良く耳にします。
 西武松坂、横浜クルーン、巨人江川、ロッテ伊良部、阪急山口、中日小松。古くは尾崎、権藤、金田、スタルヒン。皆さんついて来られますか?


 【体感速度】
 実際は球が速いかどうかは、様々な状況で変わります。
 体より腕が遅れて投げれば、実際より早く感じます(好例ソフトバンク和田)。胸元に投げれば、顔に近いため、バットを出す始動が遅れるので早く感じます(好例西武東尾−少し古い?)。遅い球を続けた後、速球というパターンも早く見せるコツのひとつです(中日山本)。
 【実際と感覚の乖離】
 我々は数字の世界に住んでいません。感覚の世界に住んでいます。
楽しい、幸せと感じるための数字など存在しません。したがってゆとり教育なども数字化、客観化などできません。もちろん他者と比較の上で、楽しさや幸せを測ることも無理です。近代始めに欧米から幸福指数という概念が持ち込まれ、人の手に代わる機械をたくさん持つことが、幸福とされました。これが資本主義経済の拡大にどれほど貢献したかは、推して知るべしです。
 病気を認識するということは、ちょっと普通じゃないと感じたたということです。病は気の持ちようという言葉はこの辺の感覚を含んでいるのでしょう。
 

 

ちょっとよい話

 奥様が不妊外来に通い始めた友人のK君。ついでに自分の精子の運動率を測ってみることになりました。
何と30数%しかありません。通常50%以上ないと、自然妊娠が難しいとされています。「不妊はオレの問題???」  こんな例、つまり男性の側に問題があることも少なくありません。自分の責任を自覚したK君は運動率アップ作戦を敢行します。
その内容は………
 1.海馬補腎丸を毎日3回飲む。
 2.太谿に日に数回お灸を据える 、のふたつです。
 漢方の立場では、精子の運動率は腎精と肝の疏泄が絡みます。ストレス、緊張、焦りなどの心理状態があれば、肝の全身の気を促す働きを停滞させます。これを専門家は肝の疏泄失調と呼びます。運動率は著しく落ちますね。
また、腎精が転化し精子を作り出します。そこで腎精不足は、精子減少症や活きの悪い精子が増え、結果運動率の低下となって現れます。
 話を戻しましょう。海馬補腎丸を飲んだり、太谿に灸を据えること腎精にアプローチする行為なのです。ちなみに太谿は脚の内踝とアキレス腱の間の拍動部に取ります。
1ヶ月後……
運動率は70%近くになりましたとさexclamation?~2exclamation?~2???i?`???L?j めだたしめでたし。
不妊症は夫婦二人の問題です。男性も怖がらず婦人科の門を叩いて下さい。問題がなくとも女性を温かく見守ってあげて下さい。愛する人の精神的なフォローを怠らないでください。お願いします。

リアリティー

 今日から11月です。温かい鍋をつつく姿を回想しながら、心穏やかに、焦らず、怒らず、無駄なエネルギーを消耗しないようにしたいものです。
 昨日も韓ドラを見ていました(洪国栄:ホングギョン第7,8話)。  ある王様が非業の死を遂げた母の慈しんでいます。ただ、その慈しみ方が面白いのです。世間とかなりズレています。
彼の国は、王族の墓を稜(りょう)、庶民の墓を墓(はか)、その間つまり貴族墓をを園(えん)と呼びます。つまり高貴な人から順に稜−園−墓となります。我が国でも天皇家のお墓は稜ですね。小学生で習う仁徳天皇陵がこれです。
 この御坊堂は政局に巻き込まれ、罪人扱いにされました。よって墓は稜とは呼ばれず、単に墓と呼ばれるわけです。
 話を戻しますが、この王は政敵と暗闘しながら、10数年かけて墓から園に呼び名を変えました。最終目標は稜まで昇格させることです。さすが儒教のお国です。すごい『孝』です。
しかしドラマとはいえ、強い違和感を感じてしまいます。何に違和感を感じたかを後で考えてみました。
 この王様に世間がありません。正確には宮中での出来事のみが世間です。その証拠に、庶民は最初から王様の御母様の墓だから稜と呼んでいます。
 世間では、ある特定の対象にしかリアリティーを感じない人は少なからずいます。
 数学者は数字の世界にリアリティーを感じるのではないでしょうか?  この国の政治家は永田町の政局が最もリアリティーを感じているように見えます。
 社保疔は、数字合わせが目下のリアリィーではないでしょうか?  学問バカと揶揄される人もこの傾向が強いででしょう?

  病気で苦しんでいる人もそうです。リアリティーの世界が近眼的になりやすい傾向をもちます。  
臨床家を目指すなら、常に世間、人の感情、世の中の動勢などに意識を向けなければなりません。世間に流されるという意味ではありません。『下々(しもじも)の皆さん、私は庶民派だから、スパーを15分も廻りました、偉いでしょう。カップラーメンは400円でしたっけ。では、オークラでディナーがありますから、後は良きに計らってください』って感じの人がもしいたら、早く稜を作ってあげたくなります。『君子に義あり』、これは一国民からの諫言です。

心の栄養

 人それぞれに大事な品がある。頑張って手に入れた物、愛しい人からもらった物などは、思い出も深く、慈しみながら扱う様子が見えてくるようだ。
 しかし身近にもっと大事な宝物がありはしないだろうか。自分のからだという宝物である。この唯一無二の存在を大事にしない人が殊の外多いのには驚く。大事な品同様に慈しみをもって接することをしない。
 親がいて、その親がいて、そのまた親がいて、という連綿とした命の継続性の中で、今ここに存在するという実感がないのだろうか。考えればもの凄いことで、感謝せずにはおれないのに。
 からだは頭の従属物ではなく、車で言えば両輪にあたる。頭だけが暴走し、からだがついて来られなくなった人を毎日見る。手の震えが止まらない人、吐き気が止まらない人、呼吸が苦しくなる人……枚挙にいとまがない。鍼灸の世界観では、血がからだを栄養し、かつ心も栄養すると考える。からだの状態が回復するとともに心の安定を取り戻す人も少なくない。毎日のからだの状態に素直に耳を傾けよう。

 

心の時計をもって生きよう

 物は貯蓄できるが、時間は貯められません。時間は常に消耗するものなのです。
 現代のキーワードは『楽・欲・得』です。
 なるべく楽をしながら、欲望を満たし、得を求める。この観点で大量生産、大量消費が成り立つわけです。回りを見渡すとあらゆる生活道具を散乱していることに気づくでしょう。そのうちのいくつかは私たちの創造力で代用できるのではないでしょうか。創造的我々であるにはゆっくりとした時間が必要です。楽するではなく、楽しむ時間です。欲望ではなく、良く観る時間です。得するのではなく、世の中を解く時間が必要です。

 漢方で考える生き方の基本は、自然との共生であり、他者との共感であります。
 ある意味で童心の心を取り戻すことで、時間をゆっくり味わえるのです。物理的時間は何人にも同様に与えられますが、心の持ちようで何倍にも感じることができます。心の中に朝を迎えましょう。